バンク・オブ・仏陀の道2012 Vol.12

『ミッションコンプリート』

チッタゴンに戻りアシシュに別れを告げた。なんかしょんぼりして背中を丸めた姿が哀れだった。

あ!そう言えば東日本大震災のドネンションもらってないな~バンコクでのミーティングのとき冒頭の挨拶でアシシュが自慢げに言ってた「僅かですが日本の津波被災者のためにドネーション(募金)を集めましたのでバングラディシュに戻ったら伊勢さんたちに渡します。」

…去年も同じ事言ってたけどまだもらってねーぞ、、そこまで言うなら持参してこ~い…などと思ったのだがすっかり忘れてた…結局バングラディシュに来てからもドネーションのドの字も出なかったなぁ…。

 

僕たちはすべてのスケジュールが終わり、夜行列車に乗るため駅にむかった。

 

移動中に

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途中渋滞に巻き込まれ,列車の踏み切りの上にさしかかった。列車のレールの上にたくさんの車が立ち往生している。踏み切りといっても車の侵入を防ぐ信号も遮断機みたいなものも一切無ない。列車が来たらどうするのだろうと不思議に思いアウンに聞くと、なんと列車が止まるのだそうだ…!

しかし最近こんな事件があったらしい。列車が立ち往生してる車を無視してそのまま走りきった。結果数十台の車が巻き込まれ重軽傷者多数、そして4人が死亡したそうだ。このことが次の日の新聞の第一面に載ったのだが、それを見た市民は、大丈夫、大丈夫バングラデシュはたくさん人がいるから少しぐらい減ったほうがいいと、口々にそう言ったとか…!

これはたちの悪いブラックジョークだが、国民の心情がよく出ている。

初めてバングラデシュに来た上川氏にバングラデシュの印象を聞いてみると彼はこう答えた。

「全てにおいてクオリティーが低い」

…面白い意見だ。その一言が全てを物語っている…

列車に乗る前、最後の晩餐ということで夕飯を食べに入ったちょっと高級そうなホテルのレストランでのこと。

ドアボーイが入り口に立ち僕達を迎え入れる。店内は近代的で静か、ウエイターはタキシード用のシャツに蝶ネクタイと一見立派に見える。間接照明に照らされた店内、白く清潔そうなテーブルクロスが引かれグラスとナプキンがきれいに並んでいる。

しか~し!壁に飾ってある大きな絵がおもいっきり傾いていたり、受付カウンターの壁に掛けてある立派そうな時計は止まっていたりする。さらにキャッシャーの黒服が夜なのになぜかサングラスを掛けている。トイレに一歩入ると、蜘蛛の巣が張っていて、あちこちホコリが溜まり、便器以外はしばらく掃除していない!

レストランの中はガラガラでウェイターはごろごろたくさんいて暇にしている。トイレなどの清掃係は別にいるのだろうが、自分たちに責任のない事は気にも止めない。

やっぱクオリティー低!

このように変わらない部分とは対照的に、ここバングラディシュも時代の波に乗って刻々と変化している。その最も足るものがITなどの電子機器である。

2年前に来た時、俺の持っていたスマホは注目の的だった!

タッチパネルを見た事のない住民は、指で触れるだけで画面が変わるのを見て、驚嘆の声を上げたものだ。

ところが今はどうだろう…街を歩く人はもちろん、田舎でも普通にみんな持ってる。中国製や韓国製のものも多いようだが、あのCSのボス、いやボウズのシャンガプリア僧侶でさえ鞄からおもむろにアイパッドを出して見せられた時にはいや~まいった!

もっと驚いた事がある。2010年の10月にカプタイ湖にある、ディグリバ村を訪れた時、美しい年頃、たぶん13~15歳の少女に出会い写真に収めた。

こんな美人がいっぱいなら村の生活もいいな~ なんて馬鹿げた事を考えたりした…。

そして今回村を出る時、たまたま主婦らしき女性が湖畔で沐浴と洗濯をしていたので、これはなかなか絵になるとシャッターを切り続けたのだが、よく見るとこの女性、まぎれもなくあの少女だった。

なんとあの少女!たった一年と7ヶ月で、おばさんになってしまっているではないか~…

日本と比べ寿命の短いバングラデシュではみんな年を取るのが驚くほどに早い!合うたびに老け込む住人に「いや~お変わりなく」なんてとても言えない…

ディグリバ村の少女(一年7ヶ月前)

090ディグリバ村の少女(一年7ヶ月前)

現在

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『レールステーション』

夜11時チッタゴン駅、ダッカ行きの夜行列車。

チッタゴン駅プラットホームにて

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出発寸前までアウンも車内にいて世話をやきながら別れを惜しむ。

チケットの手配からここまでの全行程もアウンがすべてアレンジした。

空港に着くまで2度ほど電話をくれた。不便はないか、無事着いたか。、など、、。いつもそんな気配りがうれしい。

だが今回の夜行列車は不便と言うより”有便”と言うか…座った場所が悪かった。(指定だが)便所の臭いが強烈に鼻に突く。普通寝たら麻痺して臭わなくなるのだが、寝ていてもずーと臭い!

隣の上川氏はというと、さらに冷房が直撃して冷えるらしく僧侶の命、袈裟を羽織って寝てる…!

朝7時、僕達はアンモニア臭から解放されダッカ空港近くの駅に降り立った。プラットホームには次の電車を待つ大勢の乗客が待っている。

その足元には、まるで死体でも転がっているかのようにごろごろとホームレスが毛布にくるまって寝ている。その半分以上は子ども。

初めてこの地を訪れた僧侶の上川氏は、この国のあからさまな貧富の差、そして貧困、この現実の光景に衝撃を受け、しばし無言で立ち止まっていた…。

そうこれが世界一の貧困国バングラデシュの本当の姿だ…。

レールステーションにて

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レールステーションにて2

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レールステーションにて3

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レールステーションにて4

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『出国』

ダッカ国際空港でチェックインしたあと免税店などが並ぶメインフロアーのレストランで食事をする。

このレストランもありがちぜんぜん客が入っていないのに席だけはたくさんある。さらにやたらウエーターや従業員だけはたくさんいて、テーブルに座った瞬間からウェイターがちょこちょこやって来て落ち着いて食えたもんじゃない。何かというとすぐ食べ物を下げようとする「まだ喰ってる最中だっちゅうの!残ってるだろう」と何度か手で合図する…。

ウエーター「行き先はどこですか」「バンコクだけど」と俺

清算の時このウエーター「バンコク行きはOO番ゲートです」と誇らしげに言い、教えたんだからチップくれよ~とでも言わんばかりにテーブルの前から動かない!

ふざけやがって国際線で働いてるからってチップ慣れしやがって…もともとバングラデシュにそんな習慣なんてねーだろ!

俺は絶ってーチップなんか払わんぞー、と上川氏と二人して無視を決め込んだ。それでも動かないウエーターに仕方なくポケットから5タカ(5円)札を渡した。

ウエーターはあからさまに、なんだこれぽっちという顔をしたので俺は思いっきり切れてやった!

「ユー•ベリ•バッド!ワット・ユアー・アテチュード!5タカ・イナーフ・フォウ・ユアー・テェレボー・サーブ」

…なんだその態度はーふざけんなよーおめーのサービスがひでーから5タカなんだよ…

さすがにウエーターもたじたじに「OKOKのノープロブレム」

何がノープロブレムだよおめ~にチップ払った俺にとってはプロブレムなんだよ~

それから約一時間後荷物検査が終わり飛行機に乗り込もうとした時、事件が!

上川氏が空港警備員に止められた。バングラデシュの現金を幾ら持っててますか?と聞かれ 「3万タカほど」と正直に答えてしまった。ふんぞりかえった係官が偉そうに命令する「国外に持ち出すのは禁止だ!すぐに両替してこい」

たった1人搭乗ゲートから両替所を探し免税店の立ち並ぶ方に戻る上川氏。

しばらくして帰ってきた彼は、どこも両替を断られたと言う。

「両替してくれないのだから仕方がないだろう」と俺は係官に食ってかかる。少しはゴマでも摩ればよかったのだが、俺の攻撃的態度が気に入らなかったのか「どこ々の銀行にいったのか具体的に言ってみろ」と係官に強い口調で聞かれる。

俺はこいつじゃだめだと、話の分かりそうなほかの係員言った。「彼は日本の僧侶なんだよ。それに彼は英語がしゃべれないから無理なんだ」すると「なんだそうか日本人か、でお前は何人だ」「おれも日本人だけど」そうかそうか通れ通れと二人の係員が搭乗口の方に手招きする。

しかしそのふんぞりかえった上司らしき係官は、引っ込みがつかなくなったとみえ断固として「両替してこい」と言い張る。

一階にも隣の建物にも銀行はある。「お前も一緒に行ってこい」と俺に人差し指を向ける。

…めちゃむかついてきた…出国審査を済ませた人間が税関を抜けて他のフロアに行ったり別の建物に行けるわけねえだろ…

完全に嫌がらせだった。

「もし乗り遅れたらお前の責任だからな」と捨ぜりふを残し出発時間が迫るなか、俺たちは急いで空港内の両替所へと向かった。

両替所の窓口では、両替した時のレシート(控え)がないと出来ないと冷たく言う。

僕たちは街の銀行で両替していた。それにいちいちレシートなんて持ってない。おそらく持ってたとしてもよその銀行のレシートだと断られるだろう。

要するに空港の銀行では自分のところで両替した金以外は戻したくないのだ。しかも特に空港の銀行はレートが悪くさらに手数料が高い。

相変わらず汚い連中だ…。

やむをえず空港の免税店で残った金を使うことにした。適当な物を買い込み現地通貨の大半を消費した後、両手に紙袋を抱え慌ただしく搭乗口に戻った。

待ってた話の分かる係官たちは早く行け行けと誘導してくれた。しかしあの偉そうな係官だけはこっちに向かってまだなんか言っている。それを無視するように僕たちは急いで飛行機に乗りこんだ。

よかった間に合った。ギリギリだった…

タイ航空のフライトアテンダーが、コップンカーと迎えてくれ僕たちはほっとしたのであった。

グッバイ バングラディシュ グッバイ チッタゴン広陵地帯

車窓から(チッタゴン駅)

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『バンコク』

3時間後タイ、バンコクのスワンナム国際空港に無事到着。しかしそこでまた思わぬハプニングが!

よっぽどバングラを出てほっとしたのか上川氏、乗ってた飛行機の席に、最新のアイパッドを忘れて来てしまった……!

その中には今回バングラデシュでの視察報告がすべて入っている。バックアップはない。基本人任せの俺はたよりきっていたのでほとんど何も控えてない。ヤバイ!すべての記録が消えてしまう。

急いでタイ航空の荷物管理事務所に向かう。事情を説明すると係の人はデスクに座ったまま、電話で何やら伝えたかと思うと「そこに座って待ってて」と言ったきり、こちらの事は意に止める様子も無く急がしそうに他の仕事をしてる。

胃が痛くなるようなじりじりとした時間が経過する。ずいぶん待った様な気がする30分ぐらいか…。いや実際は15分ぐらいかもしれない。

アイパッドはまた買えるが消えたデータは戻らない。もしなくなったらこの6日間の苦労は、、、などと悲観的になってしまう…。

しばらくして若い女性が出入り口に現れた。あ!あったぁぁぁー!女性は忘れ物の表記らしき札の張り付けたアイパッドを、大事そうに胸元に抱え立っていた。

よかった…タイ航空でよかった。もし渡航費をケチってバングラディシュ航空に乗っていたら200パーセント無くなっていたはずだ…。

一息ついて空港で夕食。Wi-Fiの使えるレストランを探し席に着く。上川氏はさっそくiPadを使いスカイプで久しぶりに家族に連絡。画面上で奥さんと見つめあう上川氏はうっすら目に涙を浮かべているようだった。

…この涙、奥さんのに向けたものか、見つかったiPadに向けたものか…それは本人しか知らない…

日本に戻る上川さんを見送った後、僕は一人バンコクに残った。CSタイランドの矢野さんに会い、引き継ぎとして近日中にバングラデシュに向ってもらうためである。

アラカンのバボ村レポートでもあったように、彼は以前日本の外務省に勤務しカンボジアやパキスタンの難民救済支援等の経験を持つリサーチのエキスパートでもある。

その後タイに住み着いた彼はパントマイムパフォーマーとして新たな人生をスタートさせる。劇団を結成したり俳優業を営むかたわら奉仕活動を続けているユニークな経歴の持ち主だ。タイの芸能界で最も活躍する日本人俳優といってもいいだろう。タイ映画アカデミー賞では最優秀助演男優賞を受賞している。

一緒にタイの街を歩くと若い女性たちがサインしてください!とやってくる。大げさじゃなく彼の顔を知らないタイ人はいないと言っても過言ではない。何処に言っても人気者で一緒にいる俺はまんざらでもない気分だ…俺も業界人に見えるかもなぁ~とか…もしかしたらマネージャーかと思われたかも…とか…。

バックパッカーの聖地と呼ばれるカオサンロードにある日本食レストランで俺たちは再開した。

今回のバングラデシュでの経緯やアラカン族のスーランさんからのメッセージを伝えた。

決して人の事は言えないが、マイペースでなかなか腰の重い彼が、本人の口から「では僕が次にバングラデシュに行ってきます。」と答えてくれたことがめちゃ嬉しかった。

…彼がバングラデシュを訪れた時、アラカンの土地で第8番目のブッダバンクが始まる…

ミッションコンプリート

最終回 Vol.13は「後日談」 新たな展開が…

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