バングラデシュのシェイク・ハシナ首相が5日、数週間にわたる反政府デモの末に辞任したことを受け、首都ダッカなどで多くの人々が歓喜している。ハシナ氏は国外に脱出し、同日中にインドに到着したと伝えられている。
ハシナ氏の辞任で、20年以上にわたった同氏の政治支配に終止符が打たれた。
ハシナ氏の辞任の数時間後、モハンマド・シャハブッディン大統領は、収監されていたカレダ・ジア元首相と、公務員採用の特別枠の廃止を要求して拘束されていた学生らの釈放を命じた。
シャハブッディン大統領はまた、軍幹部と政党の代表らの会議を主催したと説明。暫定政府を発足させるとともに、新たな選挙を行うと発表した。
また、全国に発令されていた外出禁止令を解除した。
バングラデシュで政権崩壊、首都は喜びと混乱に 首相はインドに脱出
ダッカでは5日、警察や政府機関の建物が襲撃され、火がつけられた。ハシナ政権に抗議していた人々はまた、ハシナ氏の父親で、バングラデシュ独立を主導したシェイク・ムジブル・ラフマン元大統領の銅像を倒壊させようとした。
こうした混乱を受け、兵士や警官が出動した。携帯電話のサービスも一時的に遮断された。
数十人の死者が出たと報じられているが、正確な数は明らかになっていない。AFP通信は66人と伝えた一方、現地紙ダッカ・トリビューンは、最多で135人が亡くなったと報じた。
シェイク・ムジブル・ラフマン元大統領の銅像を倒そうとする人々画像提供,Getty Images
画像説明,シェイク・ムジブル・ラフマン元大統領の銅像を倒そうとする人々
ハシナ氏の辞任により、バングラデシュに政治的空白が生まれることになった。同国政界は長年、ハシナ氏率いるアワミ連盟と、バングラデシュ民族主義党(BNP)の対立構造が特徴となっている。
同国ではまた、過去に何度か軍事クーデターが起きている。
アメリカはバングラデシュ軍の「自制」を称賛し、暫定政府を樹立させるべきだと述べた。欧州連合(EU)は、民主的に選出された政府への「秩序ある平和的な移行」を促した。
一方、隣国であり、地域の大国であるインドは反応していない。
ダッカにあるシンクタンク「政策対話センター(CPD)」の上級エコノミスト、デバプリヤ・バッタチャリャ氏はBBCの取材に対し、ハシナ氏の辞任は国民に「陶酔」をもたらしたが、少数派のヒンドゥー教徒への攻撃がエスカレートし、新たな当局はすぐに困難に直面したと指摘した。
「インドがハシナ政権を完全に支持しているという感覚がある。デモ参加者は、インドとバングラデシュのヒンドゥー教徒を区別しておらず、すでに寺院や人々への攻撃につながっている」
「権力の空白がある現在、法と秩序を実行する者がいない。新政権は宗教的少数派を保護する必要がある」
戦車の周りで政権崩壊を祝う人々画像提供,Getty Images
画像説明,戦車の周りで政権崩壊を祝う人々
ハシナ氏の盟友らは、同氏が国政に復帰することはないだろうと述べている。ハシナ氏は1996年に初めて政権に就き、在任期間は合わせて20年にのぼった。
ハシナ氏の息子のサジーブ・ワゼド・ジョイ氏はBBCのニュース番組「ニューズアワー」に出演し、「母は70代後半だ。一生懸命に働いてきたのに、少数派が反旗を翻したことに失望しているだろう。母は全部終わったのだと、私は思う」
「私の家族と私は、全部終わった」
ハシナ氏の統治は、強制失踪や超法規的殺人、野党の人物や政府批判者への弾圧が特徴だったと批判する声もある。
しかし、首相の技術顧問も務めたワゼド氏は、母親の業績を擁護した。
「母はこの15年間でバングラデシュを立て直した」
「母が政権を握ったとき、バングラデシュは破綻国家と見なされていた。貧しい国だった」
「それが今日までに、アジアの台頭する虎の一角と見なされていた」
ハシナ氏は、父親のラフマン元大統領が軍事クーデターで殺害された後、アワミ連盟を引き継いだ。フセイン・モハンマド・エルシャド元大統領の軍事政権下では、他党と共に民主派抗議に参加していた。
しかし最近では独裁的になり、反体制派を抑圧するようになったと非難されている。ハシナ政権下では、政治的動機による逮捕、失踪、超法規的殺人といった虐待行為が増加していた。
学生たちの要求は
1カ月前に公務員採用枠の割り当て制度をめぐる抗議デモが発生して以来、バングラデシュでは300人近くが死亡した。治安部隊による厳しい弾圧を受けたデモは、より広範な反政府運動へと発展した。
英シンクタンク「王立国際問題研究所(チャタムハウス)」の上級調査フェロー、チーティジ・バジペー博士は、1971年の独立戦争の退役軍人の子孫に公務員職の3分の1を割り当てるというこの制度案は、同国の失業率の高さから特に政治的な問題となっていたと説明した。
「40万人の新卒者が3000の公務員枠を争う中での優遇措置は、反政府的な騒乱において非難を集めることとなった」
バジペー氏はまた、事態の展開の速さが、バングラデシュの若者たちが過去15年間の「一党支配」に感じていた不満を表していると述べた。
「これほど活気ある市民社会がある国で、政治的自由や言論の自由を抑制しようとする努力は、反撃を引き起こすに違いない」
7月の最高裁判決を受け、割り当て制度の大半は縮小されたものの、学生たちは抗議活動を続け、死傷者のための正義とハシナ氏の辞任を要求していた。
CPDのバッタチャリャ氏は、抗議者たちは今、新政権が民主改革、雇用改善、教育制度の改善など、自分たちの要求を通すことを期待していると話した。
こうしたなか、抗議デモを主導していた学生らは、軍政は受け入れないとしている。
学生運動の主要人物であるナヒッド・イスラム氏はフェイスブックで動画を公開。「私たちが推薦した政府以外のいかなる政府も受け入れない」と述べ、ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏を最高顧問とする暫定政府の樹立を求めた。
84歳のユヌス氏は、グラミン銀行を設立し、貧困層の経済的・社会的基盤の構築に貢献したことで、2006年にノーベル平和賞を受賞した。
ユヌス氏は今年6月にバングラデシュの裁判所から横領の罪で起訴されている。同氏は容疑を否認しており、起訴は政治的な動機によるものだとして、支持者たちから広く非難されている